今時の学生さんは、

いろいろな短縮言葉を見事に駆使した会話を繰り広げてくれていますね。

もう昭和の人間にはついていけないほどの、まるで外国語です(笑)

 

先日、娘(高校一年)が

「Sちゃん、リア充やねん!」

(母)「ん????りあじゅう????何それ???」

「彼氏がおることやん!」

(母)「なんで彼氏おったらりあじゅうなん???」

なんとなく昭和のおばさんでもその音でリアル充実ってことか???くらいはわかったけど

それが彼氏がいることを指すとは・・・

うーーん、すごい比喩表現やなぁ・・・

子ども達って、ほんとにどんどん言葉の表現を膨らます力持ってるなぁ・・・(とある種感心)

 

さて、ひとりぼっち・・・

これを最近の学生達は「ぼっち」という言葉で表現しているようです。

そして、そのぼっちにも種類がたくさんあるようです。

その種類を見てみると、どことなくそれを言われる子達は差別的な目で見られているように感じました。

そう。。。。言葉のいじめとでもいいましょうか。。。

ぼっちでいることがまるで人間としてマイナスであるかのような・・・

 

みなさまは「ぼっち」をどう考えますか?

kaoring-3は思うのです。

ぼっちで生きれない子ども達の方が「大丈夫かな???」って。。。

 

今日も、サロンに来られたクライアントさんが営む塾の生徒さんが

いつも一緒にいる3人組でないと塾へは行きたくないと・・・

しかし、その3人の男子が一緒だといちびって勉強が進まないと・・・

でも一人一人だとちゃんとやるそうで・・・

 

そう・・・

一人ではいちびる勇気がないとうことですね。

一人では先生に反論や気持ちを伝える勇気がないとくことですね。

 

うーん・・・

なのに、そういう子達に限って、ぼっちのことをぼっちの友達に言うのですよね・・・

 

ひとりぼっちは決して悪いことではありませんよね。

対相手がいなくとも、一人で時間を過ごすことができたり、

一人で考える力があったり、

一人で行動する勇気があったり、

一人で集中することができたり、

ある意味大人だと思うわけです。

 

集団でないと

グループでないと

仲良し仲間でないと何もできない人が

一人になってるとき、

おそらくスマホに依存したり、

ゲームで現実逃避したり、

ラインでバーチャルな友達との空間を感じたり・・・

 

それはある意味、

一人では何もできないということかもしれませんね。

 

かといって、

ひとりぼっちでは人は生きていけません。

この「ひとりぼっち」ができる人は、

根底に親からの愛情を小さいときにたくさん受けているから

一人で行動していても愛されていた(一人でない)ということが心にあるので、

だからこそ、一人の行動ができるのだと思っています。

 

逆に

一人で行動できない人は

確固たる愛情を受けていないために、

いつも不安で

いつも誰かがそばにいないと怖いのではないかと思います。

 

だから

kaoring-3が思うぼっちは

幼少期の親子の愛着がしっかりとつちかえている賜物であると思うわけです。

 

どうか

差別的な言葉に惑わされず

ぼっちの中でも「今」に集中できる大人になって欲しいと願うわけです。

 

 

少し前の朝日新聞の朝刊に

北海道の湖にシロイルカの子どもが群れからはぐれて住み着いているという記事を読みました。

そのシロイルカ(ベルーガ)は、

ある日から一人の漁師の船がやってくると

近寄ってくるようになったようです。

他の漁師の船には行かず、その一人の漁師の船のエンジンを聞き分けているようですね。

まるで、はぐれた親イルカとでも思っているかのように・・・。

 

またこんな実話もあります。

2004年12月26日スマトラ島沖地震で親と群れからはぐれてしまった赤ちゃんカバ、オーウェンは

ケニア沿岸で村人達に救出され保護された後、ホーラーパーク(Haller Park)に連れられていったそうです。

オーウェンは間もなく、そこにいた老人のカメにひっついていくようになり、

最初は拒んでいたカメのムゼーもそのオーウェンのひっついてくる態度に負けたのか、

あるいは可愛くなったのか、ムゼーを養育するようになって、寝食を教えて行ったそうです。

 

(参考:「オーウェンとムゼー」ウィキペディアより)

オーウェン&ムゼー

ほら・・・オーウェンのとても安心して幸せそうな笑顔がたまりませんね❤️

 

余談ですが、このお話しは絵本になっていて

kaoring-3は、この「ママ」という絵本を少し前に親子の時間で読み聞かせをしていて知りました。

 

この二つの事例を見ても分かる通り、

小さな命(赤ちゃん期・子ども期)は、しっかりと愛してくれる大人を必要とします。

その大人が自分のことを心から愛してくれることで

自分は愛されているという実感がわき、

ひとりぼっちでも不安も恐怖もなく

大海へと臨んで行ける力になっていくのだと思うわけです。

 

おとなもこどもも

「ぼっち」のこと・・・もう一度考えてみたいですね。