kaoring-3は、

離婚というものを経験するまで

自分は何かに支えられて生きているという感覚を

全く身に着けておりませんでした。

 

生きていけて当たり前。

学校いけて当たり前。

病院いけて当たり前。

遊べる時間があって当たり前。

友達がいて当たり前。

結婚できて当たり前。

子どもができて当たり前。

だったから、

生きていけていることに

なんら疑問はなかったのです。

 

 

しかし・・・・

ことは一変します。

離婚です。

kaoring-3の辞書には

「離婚」は

存在していませんでした。

だから、

自分にその事実が舞い降りた時、

意味を理解できない時間がかなりありました。

 

 

そして

そこで初めて

「当たり前」ということは奇跡だと知るのです。

 

 

自分が今まで生きている中で

当たり前だと思っていたことは

当たり前ではなく奇跡の連続だと知るのです。

 

 

それから

次第に自分がどうやって生かされているかを

感じるようになります。

 

 

こうして

受け入れることのできない事実を突きつけられ、

それを認めるまでの過程に

多くの人や物や環境の力が

私を支えてくれていることに気づくわけです^^;;;

 

 

折れそうになった時は添え木や支柱が、

吐いたり下したりする時はトイレが、

傷つき悲しんでいる時は家族が、友人が、

寒い時は家が、暖房が、

事故に遭いそうになるようなアクシデントのとき何気にヒヤリだけですむことができたときはご先祖様が、

遠足にいくのにギリギリまで大雨で中止になりそうだったのに、際でお天気なり実施になったときは神様が、

たくさんの

たくさんの

自分の力以外の何かが自分を助けてくれていることに

気づきます。

 

 

神様は

地球に生きるものすべてに

平等に与えているものがありますね。

 

それは年をとること。

 

 

植物でも

生物でも

動物でも

人間でも

万物すべてに年をとることだけは平等だと感じます。

 

そして

必ず命が尽きることも・・・。

 

 

そして

もう一つは

自分が生きていくために

たくさんの援助も与えてくれていると感じます。

しかし、

多くの人が

その援助を与えてもらっていると気づいていないために、

当たり前と思っているために、

気づかせる出来事を降り注ぎます。

 

それが

天災(地震・台風・津波・火山噴火・洪水etc…)であったり、

大きな事故だったり・・・。

戦争だったり・・・。

 

 

そこで深い大きな悲しみや傷を体感させ、

私たちに

気づきをもたらしていると思うわけです。

 

kaoring-3の場合は、

それに匹敵するのが離婚でした。

 

ありえない事実を

起こってしまった事実として受け入れ、

ではそのために自分はどうすべきか・・・

苦しみ悩みましたが、

いやいや。。。。

そんな事実があっても

「今、私は生きている」

ということに気づかされ、

なんで生きられているのだろう?

と感じ、

あぁ・・・・・・・

友人

母親

ご先祖様

神様

ご近所のみなさま

太陽

・・・・・

 

あぁ

あぁ

限りなくたくさんのものに

支えられていたんだ。。。。。

 

 

なんてこと!

 

 

なんで今まで気づかなかったのだろう・・・

 

 

そう思いました。

 

 

人は気づきによって

心も変容することができると言われています。

 

 

kaoring-3は

離婚という受け入れたくない事実があったからこそ、

その気づきを得ることができました。

 

 

あなたも目を閉じて

感じて見てください。

たくさんの

たくさんの

力があなたの支えになってくれて

今があることを。。。。。♡^^♡

 

 

その気づきを得ることができたら、

今からの瞬間がもっともっと幸せになるかも♡♡♡♡♡♡♡♡